花火の心得

日本が世界に誇れる芸術作品「花火」この文化を多くの人に「写真」を通して伝えたい。

HISTORY

日本の花火年表

1613年 徳川家康が駿府国で立花火を観覧する

1648年 江戸市中花火遊び禁止令が発布(52,65,70,80年にも発布) 

1659年 鍵屋弥兵衛が鍵屋の屋号で日本橋に店を構える

1733年 両国の川開きで六代目鍵屋弥兵衛による花火(隅田川花火大会)

1810年 鍵屋から分家した玉屋市郎兵衛が玉屋の屋号で両国に店を構える

1843年 失火により玉屋が江戸追放

1874年 十代目鍵屋弥兵衛が球体の花火を発表

1875年 塩素酸カリウムの輸入 色付きの花火である洋火の時代が始まる

1878年 長野で「菊の園」200発が打ち上がる(初期のスターマイン)

1883年 横浜の平山甚太が昼花火で日本人初の米国特許を取得

1889年 皇居二重橋で日本初の洋火での花火が打ち上がる

1891年 日本初の三尺玉の打ち上げ(片貝まつり)

1899年 長野市大煙火大会が開催(長野えびす講煙火大会)

1910年 奥羽六県花火共進会が開催(大曲の花火)

1916年 日本初の洋火による二尺玉の打ち上げ(長野えびす講煙火大会)

1925年 秋元梅峯師が土浦で花火を始める(土浦全国花火競技大会)

1928年 青木儀作(紅屋青木煙火店)が八重芯花火を発表

1947年 戦争で中止されていた長岡復興祭で長岡の花火(長岡まつり)が開催

1948年 両国の花火(隅田川花火大会)が戦後再開する、第1回花火コンクールが開催

1950年 火薬類取締法が施行

1950年 山下清画伯が「長岡の花火」を発表

1953年 伊勢神宮奉納全国花火大会が開催

1959年 青木儀作(紅屋青木煙火店)が黄綬褒章を叙勲

1960年 長野での爆発事故により火薬類取締法が大幅に改正

1961年 日本煙火芸術協会の設立 青木儀作(紅屋青木煙火店)が会長に就任

1962年 日本煙火協会の設立 池谷幸文(イケブン)が会長に就任

1963年 輸出振興全国花火競技大会(大曲の花火)で創造花火が採用される

1967年 日本煙火協会による打揚従業者手帳(煙火消費保安手帳)の交付

1975年 日本煙火協会による塩素酸カリウム追放キャンペーンの実施

1977年 青木多門(紅屋青木煙火店)が黄綬褒章を叙勲

1978年 河川の環境悪化で中止されていた隅田川花火大会が17年振りに再開

1982年 片貝まつりにて三尺三寸玉の打ち上げに成功

1983年 長岡まつりにて三尺五寸玉の打ち上げに成功

1985年 片貝まつりにて四尺玉の打ち上げに成功

1986年 齊木儔(齊木煙火本店)が瑞宝章を叙勲

1988年 洞爺湖にて四尺六寸玉の水中花火(アルプス煙火工業)が開花

1989年 江戸時代に隆盛だった神明の花火が復活する

1990年 世界の花火師大曲会議を開催(秋田県)

1990年 本田善治(片貝煙火工業)が瑞宝章を叙勲

1991年 赤川花火大会が開催

1991年 大曲花火倶楽部の設立

1992年 新作花火コレクションが開催

1994年 小幡清英(菊屋小幡花火店)が四重芯花火を発表

1999年 青木昭夫(紅屋青木煙火店)が五重芯花火を発表

2000年 優勝者に内閣総理大臣賞の授与(大曲の花火・土浦の花火)

2003年 大曲花火倶楽部による花火鑑賞士認定試験の実施

2005年 第8回国際花火シンポジウム(滋賀県)

2009年 火薬類取締法の改正で花火の打ち上げは電気点火が基本になる

2014年 野村陽一(野村花火工業)が黄綬褒章を叙勲

2017年 第16回国際花火シンポジウム(秋田県)

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執筆者:

花火写真家として全国の良質な花火文化を記録や保存、そして拡散を目的に活動しています。年間で30~60回程度の花火撮影を行います。日本花火鑑賞士会関東支部会員。◎当サイト掲載の文章や画像の無断使用を禁止しています。
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